人は何のために生まれてきたのか?どうせなら目標に限界まで挑みたい

小さなころ、○○になりたい!きっと大人になったら自分はこうなる!!
と言って、本当になれるのはごく一部。

それは天性の才能が有ったり、環境が良かったり
そういうことももちろんあるかもしれません。
しかしどんなに一級品のセンスを持っていても、どんな一流の環境がそろっている人であっても、
努力がなければ長続きはせず、十で神童十五で才子二十過ぎればただの人となります。

そして、そんな強豪がひしめく世界でも、努力だけで夢を叶える超人も居たりします。

当記事の作者は齢30を迎え、
(親の下から離れて都会にやってきた20歳だった頃の自分と比べて。。。)

できることが少なくなってきたなと思うこの頃でございます。

でも本当にそうでしょうか?

また軽々しく、「限界」を口にしているのではないか?

果たして自分はどこまでできるのだろうか?

限界ってなに?

「人は何のために生まれてきたのか?僕は何をすべきかわからないけど、生まれてきたからには、自分が見つけた目標に限界まで挑みたい。」

これはある伝説のボディービルダーの言葉。

その名も「マッスル北村」(本名:北村克己)

彼は数々の伝説を残した。

  • 200㎞を自転車で16時間かけて走ったのちに手持ちの牛乳を飲み、それが腐っており気絶。病院に運ばれる。
  • ボディビルの大会が急に決まり、常人であれば諦めるような悪条件の中受け、減量のために片道の電車賃で山奥まで行き、自宅まで120㎞を15時間かけ、靴の中が血みどろになりながらも14㎏の減量に成功。さらに出場した大会ではアジアのライトヘビー級のタイトルを獲得
  • ・・・etc.

あまりにも豪快な努力にまつわる伝説ばかりだが、先述の言葉の通り、
彼は何か哲学的なところで私たちを奮い立たせます。

「限界」という言葉はあまりにも過酷な言葉です。
しかし普段、常用してしまう自分を反省してしまいます。
マッスル北村が私たちに見せてくれた「限界」は、
最終的に「死」と結びついてしまい、とても残念な結果です。

しかし、自分を死に追いやるぎりぎりまで追い込み
それでも尚、わくわくしながらさらに上を目指したいと思うものに
巡り合えたことがない自分がおり、(あるいは努力をはき違えたというべきか・・・)
何かを想う自分がここにいます。

今だからこそ挑戦するべきなのでは?
諦めずに自分を高めれるところまで高めていく。
目標を決めてただひたすらに「極める」これは、男のロマンそのもの。

生まれてきた以上だらだらと毎日が通過していくのをじっと見ているなんてつまらない生き方をするよりも、一個一個達成することで自分の力(地点)を知り、
そして更なる上を目指す。
そうすることで、自分が生まれてきた理由、意味をより鮮明にとらえることができるのではないか?
他人にとってあまり意味の成さないものだからと言っても、
他の誰もそれが無価値であるとは決めつけられません。

それを、その出来事の価値を決めるのは「限界」を超えた未来の自分なのだから。

マッスル北村が世の中に伝えようとしたのはそういう事ではないでしょうか?

卵白宣言

2017年は目標の年にしたいと思っております。
仕事はもちろん、プライベートでの「お勉強」など、さまざまなことを考えておりますが、
とりあえず明確な「まっすうる目標」を立てましたので、
ここに宣言いたしたいと思います。

宣言:
2017年8月末日までに体脂肪率を10%カット!

現在の体脂肪率はまだ測ってないのでわかりませんが、
正月に食べ過ぎて、増量という意味ではなく
無駄に6㎏もしくはもっと体重をいただきましたので。。。💦

20は軽く超えてると思います。

仲間内でこの日付までに各自の目標を達成できなかった場合、
とっても「高~い」お店をおごることになっています。(やっぱりお金が一番効力ありますよね。こういうのって。)

※万が一、早めに目標を達成できた場合は、「限界」まで絞ります。

最後に北村さんの動画載せていきます。

以上。

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